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海外旅行紀行・戯言日記

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夢の跡-ブリュージュ

ブリュージュと言う名前は、ノルマン人が舟の停泊場所(Bryggya)と呼んだことに由来すると言われています。海上貿易の中心地として栄え、11世紀にフランドル伯爵領、14世紀にはブルゴーニュ公国領として繁栄の極地に達しました。しかし、15世紀末オーストリアのハプスブルク家支配になるに及んで、各国の商館がアンベールに移り、衰退して行ったのです。
埋もれて用を為さなくなった、静まりかえった運河に落ちる白い建物のゆるめく影がその姿となったのであります。

ブリュージュに生き、小説「死都ブリュージュ」にてこの都市イメージを紹介したロデンバックは、市当局がマイナスイメージが厭で、その銅像を立てることを拒否されたのです。

“この都市も又、嘗ては愛され美しかっただけに、ユーグの哀惜の思いをそのままに現しているのです。ブリュージュは亡くなった妻であります。亡くなった妻がブリュージュだったのです。運命が同じなのですから、全て一つのものなのです”

フランスのマラルメは「懐かしい友」としてこの都市を重ね合わせるのですが、優しく収斂させるさせるのは白鳥であり、やはり「死」の沈黙の美しいイメージを映し出しているのです。

“月並みならぬ町にめぐり会いし懐かしい友らよ、
 ブリュージュは寂れた運河に曙の影いちじるしく、
 あまたの白鳥おちこちにさすらいて、・・”

一方、チェコのリルケは水の倒影から、その内部でひそかに息づくこの町の「生」の息吹きを感じ取ることが出来るのです。

“町筋の歩みはゆるやかで
 広場へ寄り合う道は、長い間
 もう一つの道を待っている、それは
 夕方の澄んだ水を一跨ぎしてやって来る。
 辺りの物の姿が柔らかになって行くにつけ、
 その水に映ったさかさまの世界が
 本当の物らの一度も未だ持たなかった真実味を帯びる。
 この町は死の都と呼ばれたのではなかったか?
 それが今、この倒影の世界で目覚め、
 さわやかな姿とって来る、
 そこでの生の営みも稀ではないかの様に・・”

将に、訪問者はリルケの感じたロマンを味わいに訪れるのです! 


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